松村寧雄先生が、繰り返し私たちに語ってくださった教えがあります。その一つが、禅の祖・道元禅師の言葉──「而今(にこん)を生きる」という禅語です。
「今・此処」を生きるということは、人生の設計図を描くうえでの出発点であり、実践の根本でもあります。
本日は、先生のテキストより、その一節をご紹介します。
道元禅師『正法眼蔵』 而今を生きる
=「今」そして「此処」を生きる=
過去は、過ぎ去って「今」にはありません。
未来も、まだ来ていませんから「今」にはありません。
「而今」とは、道元禅師が好まれて、よく使われた言葉です。
この実践活動が出来る境地に到達した人を「悟れる人」、ブッダというのです。
この実践活動は、それほど難しいことではありません。
なぜなら、わたしたちは常に今、そして此処、以外に存在していないからです。
このまたとないチャンスの真っ只中にいるにもかかわらず、
行動をためらうのです。
「もう少し、先に延ばそう」、
「昨日のあれをしよう」、
「明日のためにあれをしよう」、
「くたびれたから、先に延ばそう」と。
「今そして此処」の唯一のあなたの豊かさを生み出す原動力を忘れて。
「今そして此処」を生きる私たちは、「永遠を生きる」のです。
「今・此処」を生きるとは
この文章に触れると、私はいつも呼吸が深くなり、今この瞬間に心が戻ってくるのを感じます。
私たちの日常は、「過去への後悔」や「未来への不安」によって、しばしば心が「今」から離れてしまっています。でも、実際に私たちが生きているのは「今・此処」だけ。そこにしか、行動の自由も、創造の可能性も、感動のリアリティも存在していないのです。
「而今」とは、ただ時間の中の“いま”ではなく、永遠とつながる生の一点。その一点に深く沈むとき、人生のすべてはそこに凝縮されていることに気づかされます。
実践への問い
マンダラ思考では、未来の目標や計画を立てる一方で、「今・此処」をどう生きるかを常に問い直します。どれほど立派なチャートを書いても、それを動かすのは「この瞬間」のあなた自身なのです。
- 今、私は本当に「此処」にいるか?
- 私の呼吸、身体、感情、意識は、今という場に在るだろうか?
- 行動を先延ばしにしていないか?
- 豊かさの源泉としての「今・此処」を忘れていないか?
「永遠を生きる」ために
最後に、キリスト教の聖書にも、まさに同じ精神を示す言葉があります。
「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」マタイによる福音書 6章34節(口語訳)
東西を超えて響き合うこの「今・此処」「now and here 」の叡智。
どうか今日という日が、あなたにとって「而今を生きる」出発点となりますように。
そして、マンダラの中心に、「いまここを生きる覚悟」をそっと置いてみましょう。
本領亮一

投稿者プロフィール

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1967年千葉県松戸市生まれ。青山学院大学卒業後、大和証券系VC、ワタミ、CCCを経て31歳で株式会社ジップを創業。22年間ブックオフ加盟店4店舗を運営し、2020年事業譲渡後、株式会社本領として新たなスタートを切る。
現在はマンダラチャート認定コーチとして、仏陀の智慧を経営に活かす活動や、合氣道の指導、経営戦略・人生論の研究を続けている。noteやSNSで日々の学びと気づきを発信している。
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