一般社団法人マンダラチャート協会MANDALA CHART ASSOCIATION

H.松村寧雄(まつむら・やすお)アーカイブ

マンダラチャートを創った男。初代開発者・松村寧雄の紹介と、ご本人が書き残した『私の履歴書』から読む、9マス誕生までの道のり。

松村寧雄(まつむらやすお)

松村寧雄(まつむら・やすお)とは

1939年東京上野生まれ、早稲田大学法学部を卒業後、日本オリベッティに入社。1979年に経営コンサルタントとして独立し、株式会社クローバ経営研究所を千葉に設立、代表取締役に就任する。同年「中心核を持つ3×3の9マス」マトリックス「マンダラチャート」を開発。この思考法はトヨタ、ソニー、キャノンなどの日本企業が成功した秘訣を解き明かしたアメリカの書籍、「Created in Japan」の中で「日本の新しい発想法」として紹介されている。「マンダラチャート」を応用した開発された「マンダラビジネス手帳」は20年のロングセラー商品となり、“人生とビジネスを豊かにする8つの原則”を説く「松村寧雄の経営セミナー」・2泊3日で経営計画書を作る「経営計画構築セミナー」は経営者やビジネスパーソンに根強い支持を集めている。2008年1月、「マンダラチャート学会」初代会長に就任。

なぜ、この9マスが生まれたのか

マンダラチャートは、机の上で設計されたものではありません。 40歳で会社を辞めた一人の人間が、次の仕事も決めないまま仏教を解き明かしていった、 その先に生まれました。

道のりは、晩年にご本人が書き残した 『私の履歴書』(全12回の連載)にくわしく記されています。 ここでは、四つの転回点だけをご紹介します。引用はすべてご本人の言葉です。

1|40歳、退路を断つ

40歳を迎え、会社を退職した私は、仏教に現在を生きるヒントが多く、 経営に通じることを直感しました。

退職は1979年(昭和54年)。次の仕事は決めていませんでした。 のちにご本人は、この決断をブッダの出家に重ねています。 「もし、退職するときにブッダの出家の行為を知っていたら、 私は何の当てもなく会社を辞めることはしなかったと感じました」と。

2|書店で、仏教書を買いあさる

私は決断すると行動は早いのが取り柄でした。 書店に行き仏教書を買いあさりました。

読んで理解すること自体は、それほど難しくなかったといいます。 けれど体系として捉えるには何かが欠けていると感じ、 2500年前のブッダの原点から、知恵がどう発展してきたかを現代までたどることにしました。

3|高野山、光明真言 ── ここが転回点

これまで、私は宗教は信じることによって救われると認識していました。 仏教もそういうものだと思っていました。

ところが「おん、あぼきゃ、べいろしゃのう……」ではじまる 36文字の光明真言を研究するうちに、 「呪文の中に、全ての人間が幸せに人生を送るためのノウハウが組み込まれていることを発見しました」。

信じて救われるもの、から、使える仕組みへ。 仏教の見方がここで反転しました。マンダラチャートの源は、この瞬間にあります。

4|仏教から、宗教を引く

私は、仏教から宗教を引くと知恵のシステムが残ると閃きました。 そして、この知恵をマンダラ思考と名付け、人生とビジネスを豊かにする実践に 活用できるシステムとして構築しました。

この一行が、10冊の著作すべてを貫いています。 そして9マスという形になり、マンダラ手帳になり、 いま全国の認定コーチへと受け継がれています。

ご本人が語る、開発のプロセス

上の四つの転回点を、ご本人が肉声で語っています。

私は、今まで前に進むことしか考えていなかったように思います。 おかげさまで、この連載を通じて、自分の人生を振り返る時間を持つことができました。
最後に明確に言えることは、この世の全てのものは実体がありません。 自分の関わり合いで全てが出現するようになっています。
一切は空なのです。

『私の履歴書』最終回より

『私の履歴書』8章版

松村寧雄が晩年に書き残した自伝『私の履歴書』(全12回)を、8つの章に組み直しました。 第1〜7章は本人の言葉のまま。そこへ息子の松村剛志(一般社団法人マンダラチャート協会 代表理事/株式会社クローバ経営研究所 会長)が、家族だから知っている思い出を添えます。 第8章は、父が逝ってからのことを剛志が書きます。

  1. 第1章上野の少年、オリベッティの営業マン1939年、上野の魚すき料理屋に生まれて
  2. 第2章40歳、退路を断つ次の仕事も決めずに会社を辞め、クローバを興す
  3. 第3章仏教は、システムである3×3のマンダラから、MY法が生まれる
  4. 第4章インドへ、ブッダの道をたどる1982年、初めてのインド。空海と道元
  5. 第5章9マスを、手帳に1984年、第1号のマンダラ手帳
  6. 第6章仲間が集まる学会から、フェスティバル、認定講師へ
  7. 第7章一切は空最後に、明確に言えること
  8. 第8章父が逝ってから七回忌、仏陀の智慧の会、そしていま。松村剛志が書く

2026年11月4日(命日)より公開予定です。公開しだい、ここにリンクを掲載します。

【公式】マンダラチャートとは?9マス思考の発想法の原点、松村寧雄

You Tube 動画アーカイブ

外部リンク

2017年11月12日:松村寧雄先生が遺してくださったもの。

マンダラチャートやマンダラ手帳を広めた 松村寧雄さんが亡くなる