仏教は、私たちの内側で完成する
2026年正月、私はほとんど何もしませんでした。
考えず、決めず、整えもしない。
ただ、朝が来て、夜が来るのを、そのまま受け取っていた。
何もしていないはずなのに、内側では、何かが静かに動いていた。
そんな状態で、今年最初のマンダラ朝活を行いました。
2013年に松村寧雄先生が動画で語る「仏教の歴史」は、知識というより、長い旅の地図のように感じられました。
仏教は「教え」ではなく、問いの連なり
仏教は、最初から完成された現在のような体系ではありません。
むしろそれは、苦しい現世において、人間が生きることに耐えようとした痕跡の集積です。
・生まれる。
・老いる。
・病む。
・死ぬ。
この避けられない現実を前に、仏陀は逃げなかった。
答えを急がず、問いを深めました。
やがてその教えと問いは弟子たちに受け継がれ、「世界とは何か」「人間とは何か」という、より大きな問いへと拡張していきます。
世界は固定した実体ではなく、関係の網の目である―「空」の哲学を立てた龍樹。
世界は心の働きによって立ち現れている―「唯識」の哲学を立てた世親。
これは宗教というより、宇宙・文明・生命を解明しようとする哲学だと言えるでしょう。
見えないものは、見える形を求める
やがて仏教は、ある限界に突き当たります。
あまりにも深く、あまりにも抽象的になりすぎたのです。
そこで、中国において、不空らによって
インドから伝来していた密教が体系化されていきました。
理解できないなら、見えるようにできないか。
言葉で届かないなら、形にできないか。
マンダラは、悟りの絵ではありません。
それは、人間が自分自身を理解するための装置です。
中心があり、周囲があり、全体がある。
混沌を排除せず、秩序に閉じ込めもしない。
ただ、配置する。
この発想は、どこか日本的でもあります。
インド、中国、日本―仏教の旅
松村寧雄先生は、仏教史を次のように整理しています。
・インドは製造元
─思想そのものを生み出した場所
・中国は商品化
─整理し、体系化し、運用できる形にした
・日本は発展
─風土と精神に引き寄せ、溶かし込んだ
日本は、仏教をそのまま受け入れたわけではありません。
かといって、もちろん拒んだわけでもありません。
もともとこの国には、山に神がいて、風に霊がいて、名もなきものを畏れる感性がありました。
そこに仏教が伝来した。
日本人は、それを一緒にしてした。
神と仏を分けなかった。
理屈より、感覚を選んだ。
これが神仏習合であり、「和を以て貴しとなす」という、日本の根っこです。
日本的霊性とは、統合する力
日本人はよく「宗教心が薄い」と言われます。
しかし、それは正確ではありません。
日本人は、信じないのではない。
信仰の対象を明確に分けないのです。
正月は神社に行き、葬式は仏教で行い、結婚式は教会でも違和感がない。
これは軽薄さではありません。
むしろ、受け入れる深さです。
矛盾を矛盾のまま抱え、一つに決めない強さ。
鈴木大拙が言った「日本的霊性」とは、
この統合の文化のことなのだと思います。
マンダラチャートは、現代の修行である
マンダラチャートは、密教の遺物ではありません。
それは今も、生きています。
私がマンダラを書くときに行っているのは、自己分析ではありません。
混乱しているものを否定せず、中心と周縁を与え、全体として眺め直すことです。
これは、悟るためではない。
生命を燃焼させるためです。
人生も仕事も、答えは一つではありません。
だからこそ、構造が要る。
マンダラチャートは、思考を整える道具であり、魂を落ち着かせる場でもあります。
旅は、ここで終わらない
仏教は、遠い国の古い教えではありませんでした。
それは、私たちの内側で、今も続いている旅です。
問いは終わらない。
完成もない。
けれど、中心を失わずに歩き続ける。
私は旅人として、この智慧を、現実世界の場へ持ち帰ります。
静かに、しかし確かに、青い炎のように燃やしながら。
投稿者プロフィール
-
1967年千葉県松戸市生まれ。青山学院大学卒業後、大和証券系VC、ワタミ、CCCを経て31歳で株式会社ジップを創業。22年間ブックオフ加盟店4店舗を運営し、2020年事業譲渡後、株式会社本領として新たなスタートを切る。
現在はマンダラチャート認定コーチとして、仏陀の智慧を経営に活かす活動や、合氣道の指導、経営戦略・人生論の研究を続けている。noteやSNSで日々の学びと気づきを発信している。
最新の投稿
- 2026年1月9日認定コーチブログ旅としての仏教史、日本的霊性という帰還
- 2026年1月4日認定コーチブログ自灯明―映画の言葉が、内側の火に気づかせた
- 2025年12月25日認定コーチブログ魂の対話と行為の決断・仏陀とギーターとガンディー
- 2025年12月18日認定コーチブログ百尺の竿頭に一歩を進む

