かつて四国の讃岐に、ひとりの少年がいた。名は真魚(まお)。
泥にまみれて遊べば、手の中に仏の像が浮かび上がり、夢の中では八葉の蓮に座して仏と語らったという。その少年が、後に真言密教の開祖・空海となる。
1. 両界曼荼羅 ― 宇宙の生命を可視化した図
空海が唐から持ち帰った「両界曼荼羅図」は、密教の根幹であり、宇宙と生命の関係を表した“図としての哲学”である。
胎蔵界は『大日経』に拠り、すべてを包み込む母性的な慈悲の世界。
金剛界は『金剛頂経』に拠り、真理と秩序を貫く父性的な智慧の世界。
この二つは、対立ではなく循環である。
胎蔵が「受けとる心」、金剛が「貫く力」。
その往還こそ、空海が説いた「即身成仏」:生きながらにして大日如来と一体となる道である。
空海にとって曼荼羅とは、信仰の対象であると同時に、自己を宇宙へと開くための地図であった。
それは、外なる宇宙(自然)と内なる宇宙(心)が響き合う、生命のダイナミズムそのものだった。
2. 松村寧雄先生による解明 ― 「空」と「唯識」の曼荼羅
松村寧雄先生は、胎蔵界曼荼羅を「宇宙の本質=空」、金剛界曼荼羅を「心の本質=唯識」を表していると解明している。
「空」とは、すべてのものごとには実体がないという真理。
「唯識」とは、心が世界をつくり出しているという認識。
この二つの思想は、一見相反するようでいて、実は生命の創造と調和を支える両輪である。
松村先生はそこから「統合力の原則」を導き出した。
自らを主人公として、全体と部分と関係性で対象を認識し、実践する。
これはまさに、空海の両界曼荼羅が現代によみがえった形であり、マンダラチャートに通じる「生きる智慧」そのものである。
3. 書に宿る生命 ― 『風信帖』との出会い
十数年前、私は空海その人を体感したくて、書道の先生に師事しながら『風信帖』を学び、筆をとった。
筆先が紙に触れるたび、呼吸が整い、体の中心が澄んでいく。
もちろん、まだまだ未熟ではあるが、空海の文字の美しさには圧倒された。
その美は単なる技巧ではなく、生命そのものの輝きだ。
誰かから聞いた―「美しさとは、生命力の現れです。」
その言葉が今も胸に残っている。
空海の書には、宇宙と呼応する呼吸がある。
一文字一文字が祈りであり、行であり、生きた曼荼羅である。
私はその筆の流れの中に、空海の「風」と「光」を感じた。
4. 両界曼荼羅とマンダラチャート ― 現代への継承
両界曼荼羅は、宇宙の構造であると同時に、私たち人間の内なる構造の写しでもある。
胎蔵界=心の内側(慈悲・感受)
金剛界=外の世界(智慧・実践)
マンダラチャートにおける「8つの領域」もまた、
この二界の交差点に生きる私たちの姿を表している。
すなわち、内なる調和と外なる行動が円環をなすとき、
人は「自分という宇宙」を完成させることができる。
現代におけるマンダラの実践とは、
空海の両界曼荼羅を日常の行動に変換する修行である。
私たちはマンダラ手帳を通じて、慈悲(心)と智慧(行動)の両輪を回しながら、「自己の中心にある大日如来=本領」を顕現していくのだ。
5. いま、マンダラに生きるということ
空海が唐から持ち帰った曼荼羅は、単なる宗教図ではなく、「生命の宇宙観」を可視化した哲学である。
そして、それは「生きることの極致」を象徴している。
マンダラチャートを描くことは、外なる世界を整えると同時に、内なる宇宙を耕すこと。
私たちは一枚のマンダラの中に、自らの魂の形を刻み、この一瞬を、空海のように燃焼させて生きる。
投稿者プロフィール

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1967年千葉県松戸市生まれ。青山学院大学卒業後、大和証券系VC、ワタミ、CCCを経て31歳で株式会社ジップを創業。22年間ブックオフ加盟店4店舗を運営し、2020年事業譲渡後、株式会社本領として新たなスタートを切る。
現在はマンダラチャート認定コーチとして、仏陀の智慧を経営に活かす活動や、合氣道の指導、経営戦略・人生論の研究を続けている。noteやSNSで日々の学びと気づきを発信している。
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